「彼女は頭が悪いから」を読んだ

なんだってこんな事があるのか。が心象であり感想でもある。

2年前の4月に起こった東大生強制わいせつ事件、これに着想を得て書かれた小説だった。

舞台は神奈川県は横浜市の郊外。

2008年12月。中学二年生の神立美咲の「どうせ」という語りから物語は始まる。横浜市でも郊外に住む五人家族の長女の美咲は自分自身に、環境に、状況に、欲望に、「どうせ」を付与する事によって、抑制したり、諦めたりしながらしっかりした長女として生きていた。

一方で「無農薬野菜専門店のニンジンとパセリがいやというほど入った」ロールサンドを昼食に出す母をもつ竹内つばさは東京都渋谷区に住む中学三年生だった。

私立の中高一貫校に入学した兄との区別化を図りたいが為に入った公立校で出会った嫌な同級生にネットで知った"呪い"をかけるようなそんな中学生だった。

約6年後、ごく普通の女子大に入った美咲と東大に入ったつばさは邂逅し、「つきあい」を始める。ただただ純粋な気持ちで、あたたかな恋に身体や心を任せて。

しかしこの半年後には竹内つばさを含む東大生5人は強制わいせつ罪で逮捕される。そして被害者は、神立美咲である。

ストーリーはざっとはこんな感じだ。(多くを語れないのは是非とも著書を手に取って読んで貰いたいが為であるのはどうか理解して欲しい)

この非常に、異常に端的なあらすじでも感じとれる人は感じとれるのだろうが、著書は今世紀最大の"胸糞小説"である。

どうしようもない東大生たちがただ普通の女子大生を自らの傲慢さと歪んだ純粋さによって(またはその事件のレスポンスの大部分によって)「電信柱に縛られて公開リンチにされ」「みんなで小便かけ」られ「トイレに顔つっこ」まれ「精神をボロゾーキン」にした実際の事件からの着想を得て書かれた小説なのだから今世紀最大の胸糞小説になるのは必然的と思う。しかし胸糞だけでは終わらせることのできない深いテーマ性も同時に持ち合わせている。

この小説の救われない(救えない)ところは、被疑者となった東大生の5人、被害者となった神立美咲の両者ともがことごとく純粋であったという事、事件の現場において(またはその前提となりうるところにおいて)嘘はなかったという事だと思う。つばさと美咲の二人は出会ったその日にラブホテルに行く。この行為を極めて純粋だからこそできた行為だと著書は語る。

はじめはダーツだとかボウリングだとかドライブだとか文化祭だとかスポーツ観戦だとか、4人ぐらいでの行動があって、それから2人での映画とか音楽系ライブがあって…(中略)…そしてホテルがあって、それはあらかじめ予約しておかないとならないホテルで、でもビジネスホテルではなくシティホテルではないとならず、そういうホテルでようやくそうなる。

そういうことになった後なら、こんなホテルにも行ける女子はいたが、はじめからこんなホテルに行けたことは、つばさの場合はなかった。

引用した通り、つばさにはこんなことは今までなかった。ただ単に美咲の人の良さに惹かれ、笑顔の可愛さに惹かれ、そしてGカップに惹かれただけだった(これは健全な一般の男子大学生の反応だと私は思う)

そこにこいつとヤリたいだとか、そういう不純な感情は出会った瞬間、またはその後までは思い描かなかったはずである。その点ではやはりつばさはある意味で純粋であったと言える。さらにつばさは事後に処女であった美咲とこんなやりとりをする。

そのあいだじゅう、美咲はつらそうだった。終わってから、美咲が塗った口紅のような色がシーツについているのが、大きく身体を動かしたときに見えた。

美咲も見、つばさも見た。

「…」

見た美咲はぎくっと全身を硬くした。

つばさは彼女をそうっと抱きしめた。

「ばかだなあ。こんなところについてきて」

ばかだなあ。繰り返した。

今まで、インカレなどでハメ(それはもう「ハメ」と言える程の領域をきっとはるかに超えていたのだけど)を外してきたつばさの台詞とは思えないほどの優しい側面を私はここに見た。

そしてやはり美咲も純粋だった。

「横教の男子は見る目ないね」

 

「…見る目ないね」

つばさに言われて美咲はハッとした。

(見る目ないね…って、言われたかったんじゃないだろうか。自分はずいぶん長いこと、そう言われたかったんじゃないだろうか…)

この出会いより以前、美咲はそこそこに良い関係だった男子2人を"既成事実"によりぶんどられている。それでも美咲は「どうせ」私だから、と自分を律し諦めてきた。

そんな時に「見る目がない」と言ってくれたつばさは文字通りの「白馬に乗った王子様」に見えたに違いない。

その点でやはり美咲も純粋な処女であった。

しかしこの後、つばさと美咲はだんだんと意識の食い違いを深めていく。

そして出会ってから約半年後の2016年の春にあの事件が起こる。 

飲み会に誘われた美咲はこの日につばさとの関係をはっきりさせるつもりだったがつばさから強制される「盛り上げ役」としての自分の役割をこなす為に、98円のハイボールを飲み続け、自虐ネタを言い、場を盛り上げ、酩酊してしまう。東大生5人は机の下でLINEを交わす。

【この人はネタ枠ですね (笑)】

【ネタ枠。激ウケ。DB(デブでブス)ですな】

【おっぱいは大きい(笑)】

【ウエストがあるからプラマイゼロでしょ】

美咲は飲み過ぎたのに気付き、つばさとの関係をはっきりするのは諦めて帰ろうとする。

しかしそれをつばさが止め、二次会(東大生5人のうちの1人の部屋)へと誘い強引に連れて行く。

その二次会で、つばさが自分の裸の写真を他の4人に見せていたこと、居酒屋で払ったお金のお釣りを貰えていない(自分は人としてカウントされていない)こと、無理やりに上の服を脱がされたことなどにより計り知れないショックを受け、その日唯一の女子の参加であった大学の先輩にあたる優香の「いっしょに帰る?」という言葉に反応すらできない状況になる(この後優香は美咲を置いて逃げ帰ってしまう)

そして美咲はブラジャーも脱がされ、パンツも脱がされた。

東大生の1人は美咲のパンツのクロッチを「臭い」と馬鹿にし、まるまった美咲を踵で蹴り飛ばし、ドライヤーの熱風を臀部や陰部に当て、割り箸を性器に差し込み、カップヌードルを下腹部に落とした。

美咲は耐えきれずにあられもない格好でこのマンションを逃げ出す。

途中、コンビニに逃げ込もうとするが店頭に見えるカップラーメンに拒否反応を起こしてしまうシーンはむごたらしく悲しい気持ちになる。

美咲の必死の通報により。5人は逮捕される。

この後の公判で起訴された3人は「ただの飲み会の悪ふざけ」と供述する。

何をそんな事を、と我々は思う。しかし著書を読めばよくわかるのだが、実際に彼らは本当にそう思っていたのだ、純粋な心持ちにおいて。美咲の示談を受けた2人も同じようにそう思っている。

そうしているうちにメディアで大きく取り上げられるようになったこの事件に対してレスポンスが出始める。

薬りんごがTwitterで【のこのこついていったんだから、合意だろ!】とツイートしたのを皮切りに、美咲を、被害者を非難する声が殺到する【勘違い女】【アホ女】【反省すべきは女】更にその声は5chにも広がる…

私はこの小説を読んでいる。読んでいるからこそこの事件のこのレスポンスに対してえづいてしまう、どうしようもなく悪寒が走る。

しかしこのバックグラウンドがなければどうだろう。

学校から帰ってきて何気なくワイドショーを見る、そこには東大生5人の強制わいせつ事件が大きく取り沙汰されている。女は1人で終電過ぎにその東大生の家でお酒を飲んでいた、そしてわいせつな行為をされ、警察に通報した。私はきっと思う。女の方にも落ち度があるのではないのか」と。

ワイドショーの矮小な報道しか情報を取り入れなかった場合、このような思考に陥るのは必定であろう、その上Twitterでもそんな矮小な意見が台頭している。それならそうだ、きっと女が悪かったんだ、みんな言ってるし、東大生は頭が良いのに可哀想だ、それに比べてきっと被害者の彼女は頭が悪いのだろうな…

こんなことは極めて滑稽であり、まったく救えない。

その事件の過去性を一切無視して、出来事を取り上げ、判断を下す。東大生は立派だからきっと立派じゃないこの女に非があるんだとTwitterでのマジョリティーに同調し圧力を強める。

作中でたった1人、この大衆意見に反対する青年が描かれている。

こうなれとは私は言えない。私はきっとなれないからだ。しかしそれでもワイドショーの矮小な情報を得た時に過去性を顧みることはこれからできる。

私たちは過去性を顧みながら、自分の"おつむ"を使って必死にものごとを考えるべきである。

この過去性を顧みることのない浅慮な思考が台頭する現代の日本から誰もが目を逸らしている、とそう思った。私然り。

「彼女は頭が悪いから」は自らに向けた特大のブーメランである事を私たちは知らない。

 

 

 

 

『彼女は頭が悪いから』姫野カオルコ(文藝文秋)