gd_c 1220's diary

飛ぶ鳥を落とす勢いで生きろ

亡き王女のためのパヴァーヌ

見上げた空が青くて「あれ こんな青かったっけ」なんて間抜けな顔をしてちょっとだけ空を見上げていた。家に食材のメモを忘れた事に スーパーマーケットで赤と紫の間の色をしたプラスチックのカゴを手に取った後で気付いて 慌てて家に戻った 机の上で心なしかしょんぼりしたメモが横たわって僕を待っている。合挽き肉500g(牛7:豚3) アボカド1個 トマト5個 卵2パック サニーレタス とおやつのマリービスケット これすらもメモをしないと頼りなくなってしまうから情けない。買い物の時は携帯を持ちたくないから 決まって紙でメモをする。出遅れたスーパーマーケットは人でごった返していて 僕は少し気後れもした。2階から1階に戻る時に間違って上の階へ向かうエレベーターに乗ってしまって3階に着いた。直ぐにエレベーターへ戻るのも何だか気恥ずかしいから 文房具の陳列棚をウロウロしていると 小学生ぐらいの男の子がコンパスを僕の前からひったくって レジへ持って行った。家路につく。毎日が日曜日。曜日感覚は死んだ。

 

辻井伸行が僕の前にいる トビイロケアリみたいに真っ黒なグランドピアノの前に座って。彼は深く閉ざされた眼を少し開けるそぶりを見せてから"亡き王女のためのパヴァーヌ"を丁寧に丁寧に弾き始めた。糸を通した針で寸分の狂いもなく布を縫い付けるミシンのように。でもそこには機械的な無機質さはない ただゆっくりと進む時間と飲みかけですっかり冷めてしまったコーヒーがある。彼は弾き終わると スッと背筋を伸ばして立ち上がり 僕に向かって静かにお辞儀をした それは何かのお礼のようにも見えたし 挨拶のようにも思えた。それから君も弾いてみると良いとか確かそんなことを言ったけれど 僕は残念ながらピアノは弾くことができないので 僕はピアノが弾けないんだとそれとなく伝えると「そんな事はどうでもいいんだ 君が弾きたいか弾きたくないのか そこに断絶的問題設定がある」と答えた。やれやれと僕は思って さっきまで彼が腰掛けていた古い椅子に座り 白い鍵盤の一つを軽く叩いてみた。森の匂いがした。深い森林の青い匂い 入ったらもう二度と出ることはできない 深い深い森林の匂い。困ったことになったなと思っていると目が覚めた。少し寝過ぎた。

 

もう二度と会わない人たちがいることを思い知る。遠い牧場で牧羊犬に追い回される羊たちのことを思う。何か美味しいものが食べたい。