死にたいのか死にたくないのか

夢を見た。同じ夢を見る最近は。

夢筋としては簡単、誰も知らない街に一人でいるバスはもう来ない夜が遅いから。音楽を聴きながら(それはドビュッシーのようなビルエヴァンスのような斉藤和義)辛く暗い路地を汚い足取りで歩く、後ろに誰かがいるような気がして振り向くと顔の見えない男が高い声で笑いながら俺を滅多刺しにする。何となく夢だと分かるけどこれはこれでよかったと何故だかそんな想念すらある、目は覚める。

 

なんだってこんなむなくその悪い夢を一週間に3日弱のペースでコンスタントに見なきゃいけないんだそりゃもっと綺麗なお姉さんに優しくされる夢がいいよ俺だってさ、そう思ってる。

これが「吉夢だら」「んや凶夢だて」とかそんな議論は求めないのであって、ただこのむなくその悪い夢を見ている現実に散々嫌気が刺さってる、もう抜いても抜いてもきりがない。だから死ぬことにしました。が一番楽なんだろうなと。若くも老いても男も女も自殺するような人の心持ちをほんの少しだけ分かったような気がした。

 

でも、でも俺は生憎まだ死にたくない。今年の冬服を着てないし、HUNTER×HUNTERは完結してないし、オザケンはまだ生きているからね。

死にたいのか、それとも死にたくないのか。ここに「生きたいのか」という選択肢は介在してこない。だって特別、生きていたい、わけじゃない。恋しい日々が続く限りは肥溜めをすすってでも死にたくない。「生きたい」より「死にたくない」の方がエネルギーが強い。

 

眠たい昼も夜も、また夢を見るんだろうか、明日の目覚ましかけなくちゃ。もう正直うんざりしてる。せめてもの抵抗に今日は吉澤嘉代子を聴きながら寝るよ、助けて吉澤嘉代子。(これはきっと俺の中の綺麗なお姉さんのイデア吉澤嘉代子なんだろうなまったくすけべだ)