gd_c 1220's diary

飛ぶ鳥を落とす勢いで生きろ

これにて

好きな人がいて 嫌いな人がいる 好きな曲があって 嫌いな曲もある いつだって時間は過ぎる 同じような時間が過ぎる 冬が終わると春が来るように始まりがあれば終わりは来る 気付くのはいつだって終わった後だけど 別に気にしてない。

 

卒業アルバムの寄せ書きに書かれた一言一句をなぞるように読んでいる 好きな人たちが好きな事を書いてんだから にやけてしまう 嬉しいなと思う 悲しいなとは思わない 卒業したくないわけじゃない ただ何か 呆気なさはあるかも。

ずっと一緒にいてくれた友達がいる 油そばも好きなバンドもバレーも一緒だった 春は慣れない遠足の帰りにヘトヘトで油そばを食べて 少しだけ泣きそうになった 夏は好きなバンドのライブに行った 帰りの電車であの曲のこのアレンジがとか新曲がどうだとか そんな事をふざけながらずっと話してた 秋は自転車を飛ばして家路を帰った 最後の文化祭に来てくれた 冬は去年の雪辱を晴らしてくれた 優勝した彼は本当に嬉しそうで 3位だった僕も一緒になってハイタッチをした。

きっと彼がいなかったらもっとつまらない生活過ごしたんだとうすら寒くなる こんな事言ってるから駄目なんだ 普通のありがとうが言えない ありがとう。

最後は心臓破りの坂を登ってマックフルーリーを食べに行った 因縁のスシローでリベンジしたら お腹が痛くなってイチジク浣腸 笑って帰った。

 

上手い事書けてないな センチメンタルは専売特許だから 今夜は浸らせてくれ 三年間の激闘を終えて日々は過ぎる 二度と今日の明日は来ない もう全部愛してるって事でめでたし 愛でたし。

ジンジャエール

終わりって感覚が鈍い。今日 人生最後の予備校の授業が終わってみて心底そう思う。五年通った予備校だった 台風の日も猛暑日も雪の日も通った 今日もいつもの電車 小田原行きとか熱海行きとか 乗って向かう 簡単な挨拶といつもの雑談 感傷的にもならないいつもの感じで授業に入る 詩学ナラトロジーの授業 二万字を超えるテクストを自作してきた これは卒論より良くできたと言う 先生の顔は誇らしげで 嬉しげ。帰りの時「強く生きて、そして死ねよ」とそう伝えられる。この人はいつもそうだった。いつもが多過ぎる 帰りは歩いて帰った。

 

きっと一週間後もこうだと思う。気付かないうちに無印良品ジンジャエールの炭酸が抜けるように 終わったとて気付かない。まあでも それで良い。それが良い。

 

パパラッチの様な駐車場のライトが 点いては光ってを繰り返して 余裕の無い大人が今日も信号無視をする それを見て子供たちは息を合わせる 消える電話ボックス 建設現場のクレーンは多角的な視座を与えた 誰も外を見ない。

 

LINEが来てた「今度の日曜日は渋谷に行きたい」って 相手の予定も聞かないで それだけ 本当にさ そういうところだぞ。

透明少女

NUMBER GIRLが再結成した。

まだ上手く信じられない 唖然 ビックリした。

 

MCでテレキャスターを裏返してその上に灰皿を置き タバコを吸ってた。初めて見たNUMBER GIRL向井秀徳はソレだった。なんて格好良いんだろう しかも床にタバコを捨てないで灰皿をきちんと使うそのロックンロール加減 なんて素敵なんだろう 眼鏡もシャツもなんて素敵 と思った。不揃いなギターの音が ベースの音が ドラムの音がイントロで一つになった時 頭をマーシャルのヘッドアンプでガツンと殴られたような(ありきたりだけど) そんな衝動を覚えた この感覚はミンガスの"Moanin"を聴いた時とよく似てて いや まあそんなことはどうでも良い とにかく最高だった。

それから 僕は買ったばかりのギターで"透明少女"をコピーした とにかく弦をはち切る様に弾きながら。アルペジオのソロを弾くたびに向井秀徳になれた気がして 眼鏡をかけて 薄い色のシャツを着た。

でも 結局それしか出来なかった もちろんライブは無いし あの4人でヤってるのは見れない 蝦夷の地の 札幌の 渋谷の 福岡の あの初期衝動はもう過去のものだった その度に とても悲しくて何だかどうでも良くなった 影響を受けたバンドを聴いて うすーく笑ってた。

 

2019年になってから 何故か知らないけど 向井秀徳関連の ラジオやメディアに敏感になるようになっていた 何故かは本当に分からない 下北沢で路上ライブをやってるとTwitterで見かければ 1時間かけて下北沢まで行った 過去の動画を見返しては"Young Girl Seventeen Sexually Knowing"を聴きながら恍惚としていた カネコアヤノと向井秀徳の渋谷ツーマンのチケットを先行秒で買った 熱が上がってたんだと思う「何かが変わるかもしれない」と何故か本気で思っていた。

そして昨日 バンドで"透明少女"を演奏していた。極め付けだ。偶然が過ぎる。

 

こうした 謎の積み重ねが 偶然性を運命へと誤認させる そして僕は今年の夏 腕の一本 足の二本 骨の三本 血がなくなり 肉が朽ち 例え死んだとしても蝦夷へ渡る事を静かに誓う。今年気付いたら俺は夏になりたい。

monologue

あの 今日諸用があって学校に行ったんです その後で軽音のライブを見ようと思っていたのに 二年生ホールからするゴリゴリの音漏れが廊下や窓に響くのを聴いていたら 何だか足がすくみ 「こんな所にいて良いのだろうか」と思い 遠目から隠れるように見ていただけで コソコソ帰ったのは あまりに情けなかったので 内緒にしておいて下さい とても格好良かった 本当に格好良かった 直接言えないのが また情けない。

サスペリアが最高だって話

とにかく最高。最高だったんだ。

 

川崎チネチッタで17:55からの「サスペリア」をライブサラウンドの方で鑑賞してきた。今回の(というか2018の)サスペリアは1977年のリメイクとして封切りされてる。

ホラー/サスペンス大好きだから 勿論あの名作(あるいは迷作)サスペリアがリメイクされる情報は既に聞いていて とてもとてもワクワクだった。

 

16:00頃に川崎駅についてチネチッタに向かう。休日ともなると 流石の人混みで人酔いするのはいつものこと。受付の可愛いお姉さんに鼻の下を伸ばしながらI-29の席に1000円を払った。入場ましては上映まではまだ馬鹿みたいに時間があるので タワーレコードで さも音楽通かの様に 盤を手にとっては頷いてみたり 視聴用のヘッドホンを片耳で聴いてみたりしてた 多分 崎レコの店員さんには「音楽"痛"」ってあだ名つけられてる泣いた。それから古本屋に行って前田愛先生の「近代読者の成立」を買った チネチッタ近くのスターバックスコーヒーで読みつつ時間を果たした。

17:35 入場のアナウンスと共に ジンジャエールのLサイズを手に僕はI-29へと乗り込んだ。席は疎らに埋まっていて 入り口から割と近い所にあるため(単独で二つだけ椅子のあるところ わかれ)誰かと気まずい感じになる筈もなく座る。

つい先日辻堂で映画を観ていた所為か(劇場版PSYCHO-PASS case.1を観てたこれも最高)めちゃくちゃスクリーンやスピーカーがでかく感じて驚き散らした 思えばもうこの時から最高の予感はしてたんだな ありがとう川崎チネチッタ

上映が始まる。室内は妙に切迫感があり 僕はLサイズのジンジャエールを持て余してた。流石はライブサラウンド圧倒的な音圧で美しい音楽を身体で聴いてる感覚。ネタバレになるから多くを語る事はしたくないけど、最初から作中に引き込まれるカメラワークが秀逸で最高 プロットの作り方と場面の見せ方が最高 音楽が最高 キャストが最高 ラストが最高 畏怖でもあり美しくもある とにかく尊い これだけ言っとく。是非エンドロールの最後の最後まで見て欲しい映画だったんだ本当に。152分が秒。これだけ言ってんのに 行かないの無しね。

 

終わってから トイレに行ったんだけど サスペリアに出てくる秘密の部屋(怖い所)みたいな構造してるから小便どころじゃなかった マジでやめて。

あと3回は観に行きたい 取り敢えずパンフレットとマガジン買って予習復習しないと。

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浅草公園

「"新しい彼女"はなんか比べられてるみたいで嫌だな」っていじけたようにして俯いてるのがいつもよりも可愛くて なんか無性に腹が立つ。

 

お気に入りのラーメン屋さんに連れて行った。スープが飛んでもいいようにと 洗濯でヨレヨレになった銀杏BOYZのバンドTシャツをしたり顔で着てきた。食べ終わった後 店を出てから二人でいっせいに笑った 紙エプロンをもらえたから彼女の万全の対策は無駄に終わった。

そのあと ココ吉でレコードを見たいと言うので付き合った。大瀧詠一が最近好きなんだと言いながらYMOのLPを買っているのは本当に意味がわからなかった。

 

帰りの電車を待ってる時に手を繋ごうと 肘のあたりを触るのから ゆっくり下に手をずらしているのをじれったく思って 狙ってる反対の手で握ってやると「なんでやねん」とちいさい声で呟いて へへへとかふふふとか笑った。電車は23:16にホームに着いた。

 

スヤスヤし出したのを見てからスマホで寝顔を撮った。ヨダレを垂らし始めたのはそれから少ししてから。

帰り際に彼女の持ってた カントの「純粋理性批判」を借りて 僕の持ってた芥川の「浅草公園」を貸した。「読み終わった頃にまた会おうね」ニヤリとそう言うの、意地悪過ぎ。

風のない日

ホコリにまみれたやらなきゃいけないことを さっさと日の当たるところに引っ張り出して どんどん手をつけなきゃいけない 分かってるんだけどできない時とか 散歩をするのは絶対俺だけじゃない。好きな音楽を聴きながら 近所をふらふらっと。

 

歩いてみると 日が落ちた団地からする何らかしらの夕飯の匂いに 学生公園でさよならの挨拶を交わす小学生たち 水面が妙にキラキラしてたりするのが センシティブになった五感にフィーリングされる。俺はタバコを吸わないけど タバコを吸いたくなる まあ吸わないんだけど なるだけタダだから なるだけ。スーパーの袋を右手に左手に娘の小さい手といった あの構図で歩いている親子を見ると 「早く帰らないと」ってなんだか焦ってしまったりする 別に家では誰も待ってないのにね。春の 陽気じゃない でも風が春の感じがする雨上がりの空気のせいか それとも春が本当に近いのか 気象予報士でも神様でもないから全然わからないんだけど 耳鼻科には早めに行かないとなあ。コンビニでレッドブルだけ買って 歩きながらちびちび飲む 駅前のコンビニの出っ歯の女子大生が最近のマイブーム 彼女はきっといい子だ そういうのってなんとなくわかるじゃん?

明日はいい日になるかな なんてやけにセンチメンタルな事考えて 寒くなって 勝手に外に出たのに 家路を急いでいる。

 

シャムキャッツの『WINDLESS DAY』に最近の生活のすべてが代表される。前にも進めないけど 後退はしてない 代えがきかない 18の感覚 残された四年のモラトリアムでどこまでポジティブになれるんだよ 不安と期待がめちゃくちゃ過ぎる でも、でも取り敢えず今は 美味しいモノ食べて 聴きたい音楽聴いて 着たい服を着て 読みたい本を読んで 行きたいライブに行って たまにギターを弾いて センチメンタルになって 都会の春の濁った風を思いっきり吸い込んで 死にたくないって思いたい さよならしてる小学生は 生きてるから。

 

苦労をしたくない 楽な方を選び続けて でも勝ちたい そういう虚無主義的なライフスタイルを貫き通す覚悟はあるから!!!ろくな死に方しない。